退屈な日常から抜け出せない5つの理由

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どんな人でも、毎日がエキサイティング、ということはありえないでしょう。

ふつうの日々が続くからこそ、特別な出来事をエキサイティングに感じ、またそれが次への楽しみとしてつながってゆくのです。

 

しかし、余りにも退屈な日常が続くせいでネガティブな気分になったり、目標が見出せないようになったりするのであれば、何らかの対策を講じたほうが良いかもしれません。

 

ここでは、私たちが陥りやすい「マンネリ化」について、なぜそのような状態におちいってしまうのか、5つの理由をあげて説明しています。

日常が退屈になってしまう原因の究明に役立つかもしれません。 

 

1. 「上方向」に後悔する

後悔することは、自分の過去を否定するという側面があります。

つまり、自分の日常を否定してしまうことになりかねないのです。

そのため日常に満足できない状態が続き、当然の結果として退屈に感じざるを得なくなります。

 

しかし、自分が経験したことについてあえて「事実とは反する」考え方をすると、人はモチベーションが上がるという、複数の研究結果も発表されているのです。

 

いわゆる「反事実的思考」とは、自分が経験したことをもう一度思い出し「そのとき自分はどんな行動を取るべきだったのだろう」と自分に問う、という思考プロセスです。

このプロセスを経ることで、「もしXが起こったら(または起こらなかったら)、私はYする」という新しい行動指針のようなものが自分の中で出来上がります。

 

たとえば、希望していた仕事に就けないことになり、どうすれば良いか分からなくなったとき、「まあ、しょうがないかな。面接にすら呼ばれない人もいるんだから」と考えてしまう人もいるでしょう。

これは「下方向」の反事実的思考で、何の進展ももたらしません。

 

しかし、もっとこういう態度で面接にのぞめばよかった、ああ答えればよかった、などと考える人もいるしょう。

このような「上方向」の反事実的思考をすることでより良い代替案を考え、将来同じようなチャンスが再び訪れたときに、少なくとも今回よりは望ましい回答をすることができるようになるのです。 

 

2. 自分の「居場所」の原因を理解する

退屈な日常から脱するためには、自分が単調な日々から抜け出せないでいる理由を分かっている必要があります。

その理由として、私たちはしばしば、自分にとって「居場所」だと思っているところが実は自分には合っていない、ということに気づかないことがあるのです。

 

これはあなたの子供時代の経験が原因となっている場合が多くあります。

あたたかく支えてくれる家庭で育った人は、一般的に自分の現在の日常をネガティブには感じないものです。

 

一方、感情を傷つけられるような環境で育った人は、自分では快適だと思っている居場所にいてもなお、良い気分で過ごすことができない傾向があるのです。

 

もし現在のネガティブな状況を克服したいと感じているのなら、自分自身に質問してみましょう―今の自分の状況は、かつて経験したことに似ていないだろうか?

これに対する答えにしっかりと向き合い、今の居場所をポジティブに感じることが出来ない原因がどこにあるのかをつかみ取れるようにしましょう。

 

 

 

3. 達成可能な中間目標

だれでも、退屈な日常から脱するために通過しなければいけない変化の多さを考えると、うんざりしてしまいます。

これを解決するには、達成しやすい中間目標のようなものを設定するのがよいでしょう。

 

私たちは誰でも、自分の能力を過大評価したり、自分のコントロールの及ばないことを失敗の原因にしようとしたりしがちです。

しかし、この中間目標では自分の能力について現実的に見つめ、達成可能かどうか客観的に判断しましょう。 

 

4. メンタル・コントラスティング

「メンタル・コントラスティング」と呼ばれる方法があります。

これは、目指す将来像によってモチベーションを維持しつつ、そこに到達するまでに乗り越えなければいけないステップを現実的に認識する、という二つのビジョンを頭の中で「コントラスト」に描く方法です。

 

つねに自分が最終的に到達している様子を頭で描きながら、その一方で短期ベースで達成してゆくことを一つひとつ認識してゆくのです。

 

単に将来の理想を思い浮かべるだけでは、文字通り夢を見るだけで終わってしまいますし、また目の前の問題を片付けることだけに集中していると、自分の行動に意味を見出すことが出来なくなり、退屈な日常を繰り返すだけの結果となってしまいます。 

 

5. 意識して論理的に考え、「ハトの迷信」から脱する

私たちのものの考え方と言うのは、自分たちが思っているほどコントロールできていないません。

頭で何かを認識するときに、無意識の偏見が働いてしまうため、原因と結果を非論理的な方法で結び付けてしまうことがあるのです。

 

スキナーという学者が「ハトの迷信」と呼ぶ研究を発表したことがありました。

この研究では、ハトを鳥かごで飼育し、不定期にエサを与えます。

 

これをしばらく続けると、75%のハトは、空腹になるとエサが出てきたときの直前に自分が行っていたこと(片足で止まり木に留まる、羽根をバタつかせる、など)を単純に繰り返す、ということが分かりました。

つまり、たまたま片足で止まり木に留まっていたときにエサを与えられた、という過去の経験から、「片足で止まり木→エサ」という「原因と結果」が出来上がってしまい、お腹がすくとこの行動を繰り返すようになるのです。

 

これはハトの話だ、と笑ってはいけません。

私たち人間にも同じ傾向があるのです。

 

退屈な日常にはまってしまっている人は、往々にしてこの「ハトの迷信」にはまってしまっている可能性があります。

自分にとっては当たり前のことになっている「論理」を、もう一度一歩退いたところから見直してみましょう。

 

 

 

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